レイリー現象(過剰刺激症候群)とは?

【はじめに】
はり師、きゅう師養成校で使われている教科書には、「レイリー現象」という古い学説が収載されています。国家試験にもときどき出題されますが、他にも「はりきゅう治効理論の関連学説」として「ストレス学説」や「サイバネティックス」「緊急反応」などが収載されており、これらは現在でも医学辞典をはじめ国内外の多くの文献から情報を得られるのに対し、「レイリー現象」に関する資料は極端に少ないですね。今回は「レイリー現象(Reilly's phenomena)」について、現在入手・閲覧可能な資料のみからになりますが、それらから断片的に得た情報に私見を加えて考察してみました。

【ジェイムズ・レイリー】
レイリー現象は、ジェイムズ・レイリー(James Reilly, 1887-1974 ※英語の発音記号に準じて“ジェイムズ”の表記に統一させていただきました)という人物によって提唱されました。
ジェイムズ・レイリーは、アイルランド人の血を引くフランス人医師です。幼少期に両親が他界し、貧しい少年期を経て医師になったとのことですが、人物としては類まれな洞察力と記憶力をもった臨床医であり研究者であったようです。
第一次世界大戦(1914-1918)中はフランスのパストゥール研究所で主に細菌培養の技術開発に従事したとのことですから、ジェイムズ・レイリーの医師としてのバックボーンは細菌学だったということになります。
1922年よりパリのクロード・ベルナール熱病病院に新設された中央研究室に招聘され、以後40年以上にわたり病理学研究に従事しました。
ここでは主に、ヒトの病理解剖(検死)と小動物を用いた動物実験によって、チフス菌など(グラム陰性菌)によるエンドトキシン(内毒素)が、全身に広がって発熱、内出血、敗血症、腎不全などを起こすメカニズムを研究するうち、それらに交感神経が強く関係しているのではないかと考えるようになりました。
そして1932年ころから、自ら考案した実験機器によって自律神経系(とりわけ交感神経線維や交感神経系の末梢器官)に対して細菌毒素、化学的な有害物質などを用いて直接刺激を行ったり、神経線維へ直接電気刺激などを行ったりしながら、組織や器官の障害が拡散していく(うっ血、浮腫、敗血症、腎不全など)プロセスとメカニズムを検証するようになりました。
レイリーによるこれらの実験は一言で説明することができないほど膨大であったとのことですが、大きくは①自律神経と炎症のプロセス・免疫反応、②自律神経と感染症の病態生理、③自律神経とその他病理学的な経過、などに分類できるものであったとのことです1)。
なお、このころのフランスで「生体反応の主役は交感神経が受け持つ」という思想の上に一連の医学研究を進めていた学者のグループを「フランス侵襲論学派」と呼んだのだそうです。クロルプロマジンによる人工冬眠療法の研究で有名なラボーリ(H.Laborit)も、やはりフランス侵襲論学派だったとのことです2)。
なお、わが国の医学研究においても1950-60年代にレイリーによる原著論文が、セリエ(Hans Selye)のストレス学説(※後述)などとともに多数引用されていましたが、それらの主な目的は「侵襲学 agressology」という医学の一分野を構築するためであったようです3,4)。
侵襲学とは、外科手術において人が人の体にメスを入れること、すなわち高度な侵襲がきっかけとなり炎症反応を引き起こし、腸管から細菌や細菌の毒素が全身に広がることもあり、ときに状態が悪ければ生命さえ脅かすことになるので、これらの侵襲を最低限に抑えることを目的とした分野であるとのことです5)。
つまり、レイリー現象の当初の医学的な意義とは、組織が壊れるほどの高度な侵襲や細菌毒素などの「過剰な刺激」によって、局所の病理変化(放っておくと死ぬほどの)が全身に拡散していくプロセスやメカニズムを解き明かすことにより、外科手術や救急医療などにおける適切な処置を確立していくための基礎的な研究であったと考えることができます。

【レイリー現象】
レイリーの研究によって得られた発見は、仏語で‘Le syndrome d'irritation neuro-vegetative de Reilly’ (植物神経の過剰刺激症候群)のタイトルで1935年に発表され、その後英語でレイリー現象(Reilly's phenomena)と呼ばれるようになったようです1)。
海外のレビュー論文に「レイリーは1936年に、エンドトキシンが交感神経系の組織に集まり、交感神経線維を刺激して腸チフスによる発熱と同じような全身的な反応を現すことを報告しました。」との記載がありました6)。
つまり、レイリーはチフス菌の感染がどのように全身に拡散し、発熱やショックを起こすのかを研究する過程で、実験的に用意したエンドトキシンを直接交感神経線維に作用させたところ、腸チフスと同じ発熱が生じることを確認し、エンドトキシンが交感神経線維に直接作用して全身に拡散するという示唆を得たわけです。
そして、数々の実験によって得た確証は「重要なのは交感神経系で、細菌毒に限らずどのような刺激物質・刺激の種類であっても(非特異的に)根本的には血管運動の変動を引き起こす」ということでした。
さらにレイリーは、炎症が全身に拡散する際に「内分泌系」や「細網内皮系」も関与していることにも理解は示していましたが、急性・慢性にかかわらず炎症反応は血管収縮がすべての引き金となると考えました1)。
鍼灸医学大辞典(医歯薬出版)には、「レイリー現象とは、自律神経に直接または局所的に過剰に加えられる種々の刺激は反射機転を介して血管運動の障害を起こし、さらに二次的な障害を引き起こすという現象のこと。過剰刺激が原因にあげられることから、過剰刺激症候群ともいう。レイリーは、この過剰刺激症候群の発現に自律神経系は第一義的な役割をなし、内分泌系は第二義的な働きをなすと考え、レイリー現象の四大特性といわれる①血管運動の障害、②非特異性、③非恒常性、④障害の拡散、を提唱した。」と概説されています7)。
③の「非恒常性」については、過剰な刺激によって生じる病変は受ける個体によって異なるものであり一定ではないという意味とのことです。
今日の病理学では、炎症、免疫などの反応には神経系を介した反応もさることながら、ケミカルメディエーター(とりわけ血管作動性メディエーター)、サイトカイン、補体、血液凝固系や線溶系といった液性因子を介した反応が重要視されています。
さまざまな侵襲に対して初めに交感神経系が反応して血管収縮が起こるというのは正しいと思われますが、その後に引き続く血管拡張や血管透過性の亢進、浮腫、そして遠く離れた臓器に障害が拡散していく一連の病理反応を、自律神経系の反応だけで説明しようとすると、現代の医学的な見識としては相容れなくなってしまいます。
本稿の論拠の大半は、1978年に発表された「ジェイムズ・レイリーと自律神経系 顧みられない預言者?(D A Hopkin, R Laplane. James Reilly and the autonomic nervous system A prophet unheeded?. Ann R Coll Surg Engl. 1978 Mar;60(2):108-16.)」1)からの引用です。著者のホプキン(英国)とラプラン(仏国)は、ジェイムズ・レイリーの来歴・人物像やレイリー現象に関する概要を科学者の視点から詳しく紹介しています。
その書き出しは、“Sometimes modesty and self-effacement, especially in scientific research, can hinder progress as much as over-anxious seeking of publicity can do by making premature claims which subsequently prove false.”という微妙な表現を用いた文章です。
また、稿の後半になると、“レイリー現象は本質的に「ストレス学説(汎適応症候群、Stress theory, General adaptation syndrome)における“急性ストレス”への反応」を表していると考えられる”、とコメントしています。
ストレス学説はハンス・セリエによってレイリーの発表から6年後に発表されました。
レイリーとセリエとの実験手法は似通っていたとのことですが、セリエが用いた刺激物質の量の方がレイリーのものよりも多かったようです。
しかし両者の学説の最も大きな違いは、レイリーが自律神経系(交感神経)を最重要視したのに対し、セリエは外部から加えられたストレス(ストレッサー)に対する生体反応の主軸は、視床下部-下垂体-副腎皮質系であると提唱したことは有名です。
ハンス・セリエ(1907-1982)はオーストリア出身の医師・内分泌学者で、カナダのモントリオール大学で数多くの研究を行ったことでその名を世界的に馳せました。
セリエはレイリーよりも20歳若く、生涯で1700本以上の論文を執筆したほか、その研究によって医学界に数々の示唆を与えました8)。
年代的にセリエがレイリーの影響を受けていた可能性はありますが、両者が直接的に交流していたのかについてまでは調べておりません(戦禍にあったフランスとオーストリアでしたので微妙ですね)。
話を戻しますが、ホプキンとラプランのコメントが示唆しているのは、外部からのストレッサー(侵襲も含め)に個体(生体)として適応しようとするプロセスのうち、レイリーが提唱した学説はその一部を現すものに過ぎなかったと解釈されていることです。

【鍼灸医学とのかかわり】
わが国の鍼灸教育において初めてレイリー現象を引用した芹澤勝助先生は、著書「鍼灸の科学」(初版 1959年、医歯薬出版)において「レイリー現象は、鍼灸施術の治効効果についての機転を意味づけた学説ではない。」と前置きしたうえで、「鍼灸の効果を解明する上に必要な要件であり、大きな示唆を与えるものである。」と紹介しました2)。
これ以降わが国の鍼灸教育において教科書にレイリー現象が収載され、国家試験にたびたび出題されることとなったことは想像に難くありません。
また、前述の鍼灸医学大辞典には「本学説は、1930年代当時にその発病機転がよくわかっていなかった疾患の説明に有力な根拠を与えることとなり、セリエの汎適応症候群の考えなどとともに注目された。心筋梗塞、胃潰瘍、急性膵臓壊死、心・腎・肝の変性壊死、急性胃拡張、腸閉塞、肺出血、梗塞、副腎出血、血管炎などはその説明根拠を得た例といわれている。本説は、鍼灸にも関りがあると考えられたことから、関連学説として紹介された。しかし、今日の自律神経に関する展開は多岐にわたっており、1930年代当時とは大きく様相が異なる。」と説明が添えられています7)。

【レイリー現象が取り上げられた背景】
これ以降は私の個人的な見解ですが、今日においては、鍼灸施術に対して生体が有利に(意図する方向に)適応しようとするメカニズム(すなわち治効機序)を、レイリー現象に重ねて説明することも、ストレス学説を以て説明しようとすることもかなり無理があったと考えています。
理由は、鍼刺激も灸刺激も物理的な刺激(irritate)であるという意味ではストレッサーに違いありませんし、微細な組織損傷を与えていることも確かですが、治効機序としてはむしろ、患者様のストレスに対する身体反応を低減させることが重要であると、自身の臨床研究から考えるようになったためです。
昔(少なくとも私が生まれるよりずっとずっと前の大昔)の鍼灸治療はおそらく環境、道具、刺激方法と刺激量などの要因から、現代のそれに比較するとストレスフルであったことが想像できます。
しかし、道具の進歩、施術環境の改善、患者意識の変化、そして施術者の意識の変化から、21世紀の現代では施術そのものに伴うストレスは可能な限り小さくする努力が行われているはずです。
一方で現代における最も大きなストレッサーは、社会的・心理的なストレスです。
今日の多くの患者様に必要な鍼灸施術は、安全で信頼でき、安心して受けられる鍼灸施術であり、むしろ鍼灸施術所はストレッサーによって身体に生じている種々の生理反応から解放される場所でなくてはならないと考えています。
少なくとも、施術中や施術後の身体変化として、副腎皮質ホルモン(糖質コルチコイド)の分泌量を増加させているものではないと考えています(ACTHの分泌とオピオイドペプチドの分泌は一部関連があるともいわれてはいますが、むしろ内分泌系ではオキシトシンのほうが重要なのではないでしょうか)。
また、レイリー現象は放置すれば死に向かう反応であり、ストレス学説で提唱された3つの反応期(警告反応期、抵抗期、疲弊期)も、ストレスが持続すればやがては疲弊して死に至る過程を段階化したものです。
各々、部分的に鍼灸に当てはまる要素があったとしても、鍼灸の治効理論を説明するための金科玉条などではなく、現代の「はりきゅう理論」においては史学的な価値を超える意義は期待できなくなっているのではないでしょうか。
なお、はり師・きゅう師の学校で使われている教科書では取り上げられていませんが、セリエは晩年の著書において「ストレスには生体にとって有害な“ディストレス distress”と、生体にとって有益な刺激となる“ユーストレス eustress”がある」点に言及しており、彼の生涯にわたる研究の集大成として「ストレスが無くなった状態は死である」と結論付けているようです。
この考え方を鍼灸やマッサージ、その他物理療法に当てはめれば、確かにそれら外部からの刺激はユーストレスと考えることができます。

さて、芹澤勝助先生らによって「鍼灸の科学」が上梓された昭和30年代は、わが国において「鍼灸の科学的解明」が急務であった時代です。
鍼灸の治効機序を科学的な理論で説明するための資料となりうる報告は、国内外を問わず盛んに収集されていた時代であったと思われます。
中でも、医学研究の主眼が臓器や組織などに向けられていた20世紀の前半期に、生体を有機的に機能する“個体”として捉えた新しい学説、とりわけホメオスタシスや緊急反応の概念を構築したキャノン(Cannnon WB. 1871-1945,米. 生理学)や、生理機能のフィードバック機構(サイバネティックス)を提唱したウィナー(Wiener N. 1894-1964, 米, 数学 ※ちなみに“サイボーグ cyborg”という言葉は、“cybernetic organism=自動制御する有機体”からの派生語とのことです)、そしてセリエのストレス学説などは世界的に医学界から注目され、わが国の鍼灸教育者からも大きな期待が寄せられたのだと思います。
そのような背景において当時レイリーによって提唱された学説は、自律神経系と炎症反応や免疫系の相互関係に触れる斬新なものであったはずです。
また、(すべての過剰刺激に対し)交感神経が一義的に反応するというシンプルさやわかりやすさも、注目、期待を集める要因となったのではないでしょうか。
引用文献1)の著者ホプキンとラプランも、「たしかにこの25年間(おそらく1953~1978年の間)は、彼の研究成果を否定するようなものは出てきていないし、それを裏付けるようなものもたくさん出てきている。」と稿を結んでいます。
わが国で「鍼灸の科学」の初版が上梓された1959(昭和34)年ころは、多くの医学研究者たちがレイリーの学説に思いを馳せ、盛んに追試が行われていた時期にあったわけです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

【引用・参考文献】
1)D A Hopkin, R Laplane. James Reilly and the autonomic nervous system A prophet unheeded?. Ann R Coll Surg Engl. 1978 Mar;60(2):108-16.
2)芹澤勝助著:鍼灸の科学.医歯薬出版.1979(第2版第17刷)
3)YAMAGUCHI Y, et al. Experimental studies on the pathological changes in the several organs due to irritation of the autonomic nervous system. The Keio Journal of Medicine. 1960. 9 巻 2 号 p.91-102. DOI https://doi.org/10.2302/kjm.9.91
4)SUZUKI Y, et al. Studies on experimental shock and ITS prevention in guivea pigs being applied stimulation to the palate.The Keio Journal of Medicine/7 巻 (1958).p.39-60. https://doi.org/10.2302/kjm.7.39
5)東京大学医学部附属病院 胃・食道乳腺内分泌外科HP(http://todai3ge.umin.jp/rese/sinshu.html)
6)Pongratz G, Straub RH. The sympathetic nervous response in inflammation.Arthritis Res Ther. 2014;16(6):504. doi: 10.1186/s13075-014-0504-2.
7)森和・西條一止 編集:鍼灸医学大辞典「レイリー現象」.医歯薬出版.2012. p.609
8)Famous Scientists The Art of Genius(https://www.famousscientists.org/hans-selye/) 2022/8/23 取得

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