引用されてます
今年(2001年)のノーベル生理学・医学賞は、カリフォルニア大学のデヴィッド・ジュリアス(David Jay Julius)教授と、アメリカスクリプス研究所のアーデム・パタプティアン(Ardem Patapoutian)博士のお二方が受賞されました。ジュリアス教授の研究室では、1997年に唐辛子の成分であるカプサイシンを感受して灼熱感を生じさせる受容体であるTRPV1(ティーアールピーヴイワン、あるいはトリップヴイワンと呼ばれることもあります)をクローニング(遺伝子のなかから同定)し、さらに同受容体が43℃以上の温度で活性化する温度(高温)受容体であることが明らかにされました。TRPとは、1989年に発見されたハエの光感受器で発見された遺伝子の名称で、同様の遺伝子を持つ受容器はTRPファミリーと呼ばれるようになりました。ジュリアス教授の研究室では、TRPファミリーのうち、薄荷(はっか)の成分であるメントールを感受して清涼感を生じさせるTRPM8や、わさびの辛み成分(アリルイソチオシアネート)で活性化するTRPA1もクローニングされました(出典:ja.m.wikipedia.org)。TRPM8はメントールのほかに、28℃以下で活性化する温度(低温)受容体であることが、またTRPA1にはTRPM8よりもさらに低温の17℃以下で活性化する性質があることが明らかにされています。これらの受容体は、動物が"痛み”を感受するメカニズムを解明する鍵となり、慢性疼痛などの治療に貢献し得ることから今回の受賞に結び付きました。
さて、私事、流德堂院長平井ですが、2009年に山形大学大学院医学系研究科に入学し、病理診断学講座の山川光徳教授(現名誉教授)に師事し、リンパ系腫瘍(悪性リンパ腫やリンパ性白血病など)の研究に従事させていただきました。このときの研究テーマは、ヒトのリンパ系組織にTRPファミリーが発現しているかに関する研究で、当時国内ではあまり行われていなかった研究でした。免疫染色という方法によって、ヒトのリンパ組織(扁桃、リンパ節など)を試料とした研究を行っているうち、あるとき"形質細胞”(免疫機能に重要なBリンパ球の一種)らしき細胞にTRPM8の陽性反応を認めました。このことがきっかけとなり、ヒトの「成熟B細胞性腫瘍とTRPM8」について研究することとなりました。悪性リンパ腫は、国際的な疾病分類のなかでもとくに種類が多い疾病ですが、このうち成熟B細胞性腫瘍についてTRPM8の発現を調べていくうち、腫瘍におけるTRPM8の発現量や特徴が、正常なBリンパ球が分化する段階と関連していることが判ったのです。結果、TRPM8はヒトのリンパ組織において、Bリンパ球が形質細胞に分化する過程で発現していることを明らかとし、さらに、成熟B細胞性腫瘍のうち、腫瘍細胞の起源がリンパ濾胞(ろほう)の胚中心(はいちゅうしん)よりも後ろの(成熟した)分化段階で、メモリーB細胞ではなく形質細胞に向かう過程の細胞に由来するものに、TRPM8が高度に発現していることを世界で最初に報告しました。この論文は、2018年にイギリスの医学雑誌「Oncology Letters」に掲載され(こちらのリンクからお読みいただけます→ https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6176370/)、複数の国際的な医学雑誌に掲載されている英語論文で引用されています。
さて、肝心なのはヒトのリンパ組織におけるTRPM8の働きで、これが明らかにされれば、悪性リンパ腫のうちB細胞性リンパ腫や多発性骨髄腫(形質細胞が腫瘍化したもの)などの治療法や創薬につながるのですが、残念ながらいまだ詳しくは明らかにされていません。他の報告から類推する限り、神経線維に発現しているTRPM8は温度感受や体温調節に関係しているものと思われますが、白血球の一種であるリンパ球に発現しているものは、おそらく細胞の分化や増殖などに関連していると考えられます。さらなる研究に期待されるところです。
なお当院では、悪性リンパ腫をはじめとする”がん”を治すための鍼灸治療は行っておりません。※悪性リンパ腫に限らず、がんに鍼灸が効くというエビデンスはありません。
その一方で、「がんサポーティブケア」という領域は、緩和医療の一領域で、主にがんに伴う随伴症状(痛み、不眠、抑うつなど)や、がんの治療に伴う副作用(術後疼痛、リンパ浮腫、抗がん剤による悪心・嘔吐、手足のしびれ、汎血球減少、皮膚症状、放射線療法による口腔乾燥症、オピオイドによる麻痺性イレウス、ホルモン療法によるホットフラッシュなど)を目的としたもので、国内よりも海外で鍼灸マッサージの併用が多く試みられており、一部の症状については鍼灸で改善が期待できると報告されています。※ここに掲載している各主症状はいずれも、国内外で鍼灸の臨床研究が行われ、一定の効果が報告されているもののみです。ここに掲載していない症状についても効果が認められているものがある可能性がありますが、ここに掲載されていない多くの随伴症状については、専門医や医療スタッフによるケアが必要です。当院では主治医の同意がある患者様に限り、がんサポーティブケアの相談を受けております。